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鉄格子の中から

中学3年の時、私自身が精神病を発症し、35歳になる現在に至るまでの色々な闘病体験などを、拙い文章ですが綴らせて戴きます、どうぞ宜しく。

比較する心

何故、俺だけを置いて行く?何故、皆は当たり前のように恋愛をして結婚して、子供を作って家庭が築けるの!?何故、8時間以上週6日とか働ける強い精神力を持ってるの!?何故?何故!?‥。
時々、何が何だか分からなくなる時が、今でもある。世間から『疎外』されて、不平等を訴えても訴えても相手にされない、そんな感じ。健康な人が、思いつきさえしなくて良いものを、勝手に次々思いつく、病気の頭。その思いついた事で、悩んだりさえしたりしてる。
ここで問題なのは、病気のせいで私の精神があまりに「閉鎖的」になっている事だ。他人の気持ちを考えるゆとりが殆んど無い、だから巨大化した『他人の幸せ』が、心の虚空にそびえ立ってしまう事になる。
本当はみんなと同じ境遇になりたいだけではなくて、健康な人と同じ位の心のゆとりを持ちたい、卑屈にならずに明るく生きたい‥そう思ってるかも知れないと、この文を書きながら考えた。
病気と苦しいことは、必ずしも同意義ではないと思う。病気にかかってなくても、健常者でも苦しい事は沢山ある、と思う。そう思えないのは、我がままなのか、はたまた了見が狭いのか?もしくは病気の苦しさ故にゆとりが無いのか‥どっちにしろ「見識の行き違い」なんだろう。病人が理想を求めるあまりの。
ただ、病気柄「孤独」とはいつもお友達だ。精神病人は肉体的にも、精神的にも寂しくて声が漏れるほど「孤独」だ。それはこの病気が、ちょっと他の病気と違って、他人とのコミニケーションに障害を大きくもたらすからだ。これについては「何故!?」と感じる方が正直だと思う。早く人間に‥もとい健康になりてーなぁ!!

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この記事のコメント

普通や健康になるのは諦めて、変人のように生きればそれはそれでその道での楽しみが見つかりこれまで比べて苦しんできた事なんて殆ど無くなる、のかもしれないね。
もう健康や普通を追うのを諦めると良いのかも。

でもせめて普通に働いて普通の恋愛を・・・と思い続ける気持ちも、時には病気になった運命が悔しくて悔しくて歯を食いしばり枕を濡らす気持ちも嫌ってほど判るよ。

ありのままをありのままに受け入れるって言ったって人と比べる癖はすり込まれてきているしね。
まずはその癖から変えていったほうが健康への近道なのかも。


2010-04-10 Sat 23:48 | URL | M #JalddpaA[ 内容変更] | top↑
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