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鉄格子の中から

中学3年の時、私自身が精神病を発症し、35歳になる現在に至るまでの色々な闘病体験などを、拙い文章ですが綴らせて戴きます、どうぞ宜しく。

いつか輪になって話そうね!

最近、久方ブログを書いてなかったが、決して具合が悪かった訳じゃない。具合は良くなる一方である。16歳から病気になったが、今の私は治ったと言えるかどうかは別として、幸せそのものである。是非今このブログを読まれている方で、精神的に苦しまれておられる方がいらっしゃったら、大いに希望を持って頂きたい。
現在私は39歳になったが、むしろ統合失調症になれた事に感謝している。歳なんてあんまり幸せには関係が無い様に感じてならない。生きてる限り幸せに成り得るし、またその幸せの種類も『百人百様』だから、周囲との比較ではないと感じる今日この頃である。要は自分が目指している「何か」に辿り着く事が出来るか否かだと思う。
確かに精神病は厳しい病に違いない。自分の心を自由に操れないのだから…。それに私が書くまでも無いが、これでもか!と言うほど誤解や友人との離別、学業や仕事や日々の生活に対する独特の苦難、その他にも書き切れないほど軋轢は続く。絶望に限りなく近い思いは、山の様にする事は覚悟しなければならない。しかし、果たしてそれらの苦難は、人生にとって本当に「マイナス」な事ばかりなのだろうか!?
私は絶対違うと思う。「何もなくて幸せ」というのは、非常に脆い、何時崩れ去るか分からない、一時的な「幸せ」である。でも(私ごとで恐縮だが…)、数々の試練を地道に、ひたむきに、辛抱強く、「この世に絶望は無い」の気持ちで信じきってここに来た私の今の「幸せ」は、上記の実践と根拠がある為、決して揺らぎはしないものである。逆戻りする可能性が殆ど無く、何より『生きている実感に満ち溢れた人生』をお蔭様で送れている。
これらから考察するに、文頭の「幸せそのもの」という心境は、病人の私ならでは(!?)の独特な天からの『賜り物』である。苦しみは必ず幸せを連れて来る。「諦めるなんて死ぬまで無い!」のだ。現に私は病気が、そして苦難が自分に降りかかった事に、本当に感謝して止まない。ここまで大した人物家でもない私が来れたんだから、皆さんはなおの事幸せになる日がきっと来る。その時皆で笑って話そう!現在は出口さえ見えない苦しくて堪らない憤りの数々を…。


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