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鉄格子の中から

中学3年の時、私自身が精神病を発症し、35歳になる現在に至るまでの色々な闘病体験などを、拙い文章ですが綴らせて戴きます、どうぞ宜しく。

秋だね!

季節の「移ろい」を感じながら、取り敢えず来るであろう「平和な明日」を想い、仕事が出来ている今の私って何て幸せなんだろう!昔には思いも寄らなかった人生の「好転」を戴き、これ以上何を望まんか。殆んど全て願いは叶っているのだから、有頂天にさえ成りかねない。こんな日がずっと続けば良いなぁ‥。
現実はさにあらず‥分かっているよそんな事。でも幸せな時はそれに暫し浸ってもばちは当たんないだろ!?色々あったんだからさ。全てに対して「感謝」だけは忘れないけれど、少し肩の力を抜いて歩こうと思う。そんな今の私だから季節感が戻って来たのじゃないだろうか?人間、ゆ・と・り・がとっても楽しく生きていく上で大切だって最近漸く分かってきた。病気が酷いとゆとりは全く無いに等しく、目の前の「病的症状」に翻弄されっぱなしって事が終わりが無いかのように続くもの。正に「暗闇」であった。
そんな風だった私が、今現在こうなれた!人間、基本的に心の道理は一緒だから、今「さなか」って人にもきっと幸せは訪れる。必ずそうなれると信じる事が大切だ。どんな時も、どんな時も、愚直に一神教の様に未来を信じぬく事、それだけだ。そして‥私にも当然この「熟成期間」があったからこそ今の幸せがある事は、言わずもがなであるのだから。
そして全ての人間には「幸せにさせよう」という大きな意思が働いているということを、いつも支えにして欲しい。実は生きてさえいれば自然と幸せになって行く仕組みの中に、我々は生かされているのである。この力に対し「大感謝」で一杯だ!「闇は光に勝てぬ」‥理屈は無いのである。

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中学校中退男

職場からの帰りのバスから、山の中腹に建っている私立の進学校をいつも見ている。何か一言では言い切れない複雑な感情が湧いてくる。自分の人生に於いて殆んど縁の無かった「学校」という場所を考えるとき、こんな筈じゃなかった!という現状を悔いる思いと、あの建物で学んだ事が果たして人生を幸せにするのだろうか?という疑問が交錯する。私は正式に「学生」だったのは中学三年生の7月頃迄だが、いま思うに学校に行くメリットとは、むしろ学問よりも友達付き合い等を通しての「情操教育」にあるのではないのだろうか?と思う。現に学校に行けなかった事の私にとっての弊害は、そっちの方面ばかり出ている様に思えてならない。
しかし、情操教育は本当に大切だ。今その事でとても苦労している。同性・異性問わず、どうにもこうにも対人関係の経験が少なすぎる。また、付き合い方が下手くそだし、他人の気持ちも共有し辛い。私が学校に行きたかったのは、友達がいたからだったんじゃなかったのかな?今となってはどうしようもない事なんだけど、未練がましく今でもテストを受けてる夢を良く見る。勉強もスポーツも大好きだった私が、こんなにも早く学校を辞めなければならなかったのは、何でだろうな?まぁ、病気したって事だな‥。
学校に限らず、対人関係が上手に運ぶようになることは、非常に大切な事だ。「博学」より「生き方上手」が俄然重要だとこの頃は思う。学問を軽視している訳では無いが、人間にとって、そしてその一生にとって、一体何が成功の鍵を握っているのかを考えると、「周囲との協働」という部分ではないだろうか?独りで出来る事は知れている。周囲の人と一緒に動いてなんぼである。この辺に病気をしたから気付けた。とても重要な事だと思う。ひがみと取られても仕方が無い私ではあるが。

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青二才の持論

様々な対人関係によるストレスから人間の脳が疲れる事、これにより精神的に支障をきたす場合がある。全部がそうと云う訳では無いが、統合失調症・うつ病・パニック障害・引きこもり等の原因に、これが当てはまる事が間々ある。物理的に脳が疲労している時、それに「客観的」に自分自身で気付く事はとても難儀である。この世では脳は自分の心をつかさどっている為、異常信号が出ていても自分がそう考えている、としか思う事が出来にくいからである。「自分の脳がおかしい!?」という事は、自分が正常で無い可能性があるという事であり、ニュアンス的にも受け入れ難い場合が多い。他の病気と大きく違う病気であるという認識の難しさ、これが精神病の発見の遅延に繋がっていると思うのだがどうだろう?
話は次へ進む。自分で脳の疲れを自覚出来たとしよう。そうしたら休養なり服薬なり、何等かの方法で脳を休ませ健康な状態に快復させていく事になる。これには多大な時間と労力がかかる。というのも疲れた頭はついつい「現実的で無い」妄想に走りがちであり、自分自身の本当の現状を見失いやすいからである。そういった異常な信号と悪戦苦闘しながらの作業となる為、「真の自分」を常に念頭に置く努力を弛みなく続けて行かねばならない。これは私の主治医の受け売りだが脳の快復に1番効果的である事は、ズバリ「自分が本当に楽しいと思う事」を見つけそれに没頭する事であるらしい。多趣味になる事でもあるだろう。確かに楽しい事をしている時、もしくは幸せと感じて生きている時、脳にかかる重圧はすごく減っている。これも受け売りだが‥他の臓器の疾病と脳の疾病の治し方の違いはこういう事であると思う。しばらくは一進一退が続くが、ある域を抜けると飛躍的に快復が始まる。そうなれれば占めたもので、ゴールは近い筈だ。頑張ろう、お互いに。

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「青あざ」の春

恐怖の入院‥私にとって16歳の初めての「精神病院」への強制入院は、まさに恐怖の連続であった。叔父のアパートを粗方破壊し、半分消えかかった意識で警察に雪降る中、操り人形の様に歩いて行き、笑ってんのか泣いてんのか自分の表情すら判別出来ないという、いうなれば「狂人」に成り果てた私。次に待っていたのはパトカーの先導による搬送。その間中「ブランコ」に揺られている様な、宙ぶらりんな非常に曖昧な感覚で、父の車に乗って知らない場所の知らない部屋に移動。ここでも意識が朦朧とする中、5~6人の「白装束」と肉弾戦をやらかし、右腕に何かが刺さった後徐々に意識が薄れ、気が付いたらほの暗いコンクリの緑壁に囲まれた場所に仰向けになっていた。正常と正反対の「狂いまっくった」頭となって、何もかもが「激痛」であり、自分が誰であるかさえ深く考えないと思い出せない。その場所自体、枕のすぐ下には「ノブの無い」便器があり、窓が無く、時計も無く、扉はあるがこれまた「ノブが無い」無用の扉で、そんな状況なのにここが何処だか全く分からない、ときておりその上外部との連絡手段が全く無い、というとてつもない「スーパー悪夢」的展開が事実、起こってしまっていた。もう私自身の「存在自体」が風前の灯と言っても過言では無く、更に私は投薬の副作用で「首」が曲がっており、呼吸するのも困難で、またこれも副作用で異常な「口渇」を引き起こし、口の内側外側がボロボロ剥げていた。閉所恐怖症的症状も発生し、極めつけは「狂気の隣人」のバ○オハザード張りの「叫び声」だった‥。「出して下さい!」「助けて下さい!」と唯一の希望の「レンガ大の飯の差し出し口」から叫び続けたが、相手にされなかった。でも本当の恐怖はまだ始まったばかりだったのです‥。
これは全部実話です。こんな事して来た人間でも、心は時が経てば救われるんです。「この世に絶望しない」、ただそれだけは忘れないで!幸せは待っていますよ!!

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「幸せ者」の責務

いままでは「貰う幸せ」で良かったのだが、いつも書いている様にいつかは「できる幸せ」に「進化」して行かねばならぬ時期が来る。数知れぬ方々にこれまで施し続けられてここまで来れたのだから、当然であろう。しかし私はやはり貰い続けてきた人間であるために、自分から打って出ようと中々したがらない。と言うか本当の意味でそういった行為を、自主的に行った記憶が殆んど無い。うちの院長がセッティングしてくれた懇親会などには数回参加させて頂いているが、「自分はキツイ人」「病気の人」といった思いが未だに根っこに絡みついている。
どうやって自分の持ち場を変えて行くのか‥これから当面の「課題」である。こういった意味でも人間って本当に奥深い、と感じる。「最善の道」を歩もうと努力は当然するが、それはとてもとても難しい事であり、「自分流」についつい陥ってしまいがちなのが人生の「常」である様に感じる。
自分の枠を少しずつ破り、自分を拡げる事を今後実践していかねばならない。しかしこれは「苦労」か?といえば自分が病気の間中、願い願った行為ではなかったろうか!?まさかここまで状態が「進化する」等とは発病時はもとより、3年前くらいでも殆んど想像すら出来なかったのだから、やっぱり私は幸せ者である。
「私」が人に「幸せ」を分けるにあらず。私は云わば「器」と自覚する事が肝心だ。もう「小宇宙」に入り込むのはコリゴリであるし、事実私には「天の力」を拝借しないと上に書いたような行動は取れまい。自分は愚かでも、器にはなれるかもしれない。そろそろ「次段階」に向かうべき時が来たのだろう。人生そんなに長くない。けれど充実した20年間は80年生きるに勝る事もあろう。自分の体験を「平和利用」し、そして愚者として周囲から学び続けたいと志を立てるものである。

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なんなんだろね‥

たくさん苦しい思いをする事は、見た目「不幸」でしかない。苦しい事は極力避けて通りたいと誰もが思う。いわれの無い苦しみを、今現在味わっている人がきっと多くいるだろう。何でこんな事になったのか、苦しみの理由さえ分からない私たち‥。将来なんて考えたくもない、悲観的な気持ちで今日も生きなければいけない人間。
私は何時からか「この世は苦しくて当たり前なんだ」と考える事にした。生老病死‥この4大苦が生きている人間には必ず付いて回る。これは最早「宿命」の様なもので、反対に言うと生きている証でもある。そして苦労は、万民に等しく同じ分振り分けられているのが、信じにくいが真実だ。比較の仕様が無いのである。残念ながら「苦労の一等賞」はいないのだ。ではどう捉えるか?
もし私が22年間の闘病生活、及びその前後数年間を生きて来なかったら、いつまでも「半端者」でしかなかったであろう。人生の苦しみの先に目にしている今の「楽園」等想像する事すら出来なかったに違いない。要は苦しい事だが常に1歩上を目指し、懸命に、そしてひたむきに生き続けて行くしかないのだ。苦労という苦労を「喰らい尽くして」、人間に生まれたプライドにかけて何があろうと絶望しない事だ。
「信じられない日」はこうやって生きていると、突然向こうからやって来る。じゃないと生きてる意味なんて全く無いじゃないか!数学の方程式の様に必ず答えは待っている。苦労を味わいつくして「幸せ」になる為に人間は日々生きているのだから。
苦労は人間をとても強くする。苦労の真髄は正により高い次元の「幸せ」を得る事にある。最低限、生きる希望を失わないで下さい!今を振り返れる日がきっと来るから。

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笹舟

以前は「病気になる前に戻りたい」等と切に願った事も多々あったが、今はそういった感情は全く無い。それは今が幸せだから。どんな道を歩んで来ても、今が良ければ全て良し、なのである。次々ともたらされる「人生の朗報」に凄く嬉しい毎日を生かされている。「こうだったからこそこうなれた」という感謝の念が湧いて仕方が無いのだ。だから過去は「うっとうしい」だけである。未練は微塵も無い。
「今に生きる」。発病以来ずっと出来なかった生き方。でも今は、未熟かもしれないが出来ている気がする。過去にも未来にも「リアル」は無く、今この一瞬が全てなのだという事を、少しずつ体得出来てきている。いつも書いているが、私も皆も「同じ可能性を持った人間同士」なのだから、この恩恵に与れるのは全人類である筈だ。私がとの体験で申し訳ない気がするが、少なくとも諦めなければ「ここまで」はきっと来れる!と信じてる。
でも‥幸せって何かな?と考える時がたまに今でもありはする。しかしぶっちゃけ「理屈」は無い様だね、これに関しては。何も考えなくても幸せは幸せなんだろうね。色々頭を使ってどうかなるものでも無いし。ただ感謝だけは絶対に忘れてはいけないって、それだけは思う。親であったり兄弟であったり、親友であったり親戚であったり‥人間を生かしてくれている「何か」に対してであったりね。
私は例えれば「河に浮かぶ笹舟」の様なもの。為す術もなく下流へ下流へと流されて行く‥。どうにもならないのだが、唯一の希望はこの「笹舟」は「不沈艦」であるという事。それは絶対的な意味を持ち、人間の幸せの可能性の「全て」であると思う。人間の存在の不滅性も改めて思う。やっぱ人間って『素晴らしい!』。産まれてこれて本当に幸せです。

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