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鉄格子の中から

中学3年の時、私自身が精神病を発症し、35歳になる現在に至るまでの色々な闘病体験などを、拙い文章ですが綴らせて戴きます、どうぞ宜しく。

変化・進化を続ける心

いくらブログでそれらしい事を書いても、自分の内実が伴っていなければ人には何も伝わらない。以前は自分のブログと実際の心境がかみ合わず、嘆いたりする事も良くあったが、最近目に見えてそういう事が減っている気がする。理想と現実が近くなって来たのかも知れない。まぁそれでも「ブログはブログ」なんだけど‥。
話しは少し飛ぶが、近頃この世界に対する自分の「基礎概念」が大きく変容を遂げようとしている。競争相手だった人たちは、いつの間にやら「共存者」「同志」へと変わって行き、最早自分の問題の改善こそが唯一無二の課題である事が分かり始めたし、姿形は違っても、また生い立ちなどが違っても「皆々尊ばれ大切極まりない存在」である事に納得がいっている。この思いはキツイどころか自らもそういう中の「1人」である自覚を呼び覚まし、今の私の精神面の好転に大きく寄与してくれている。こんな思考に至るとは10年前、いや5年前にでさえ想像出来なかった事で、改めて『天』に感謝するものである。
ハッキリ言って今思えば、自分がした事など殆んど無い。幸せを感じる為に人間となって「バーチャルリアリティー」を体験している様なものだ。限りの無い「寵愛と恩恵」を『天』は人間に施してくれるので、『天』との心の周波数が合えば怖いものなんて無いような気がしてきた。そしてこれも決して私だけでなく全人類に共通して言える事だと思う。自分の心の内を探る事は、大宇宙の研究と同じ位興味深いし、意義深い。人間として決しておろそかにしてはいけない事だ。他人に原因を見ている内は変われない、自分が変わるしか無いのである。
その意味に於いてもこのブログを3年余り綴らせて頂いた事は、自分を見つめるという観点から非常に有り難い。人生に、そして心に「終着点」はない。何時何時までも変われる存在、それが我々人間なのだろう。これは幸せの極みである。

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産まれて来て良かった!

前回のブログとうって変わるが‥。
今月の某日、私は38回目の誕生日を迎える事ができた。掛け値無しで『今までで1番幸せな誕生日』である。無理に意地を張る必要も無く、健康だった頃を含めても、やはり精神的にもっとも安定した「誕生日」になった。ここまでの色々な出来事がそう思わせてくれるのだろう。多分それらが無かったらこんなに幸せには感じないだろうと思う。「何も無くて幸せ」と「何かあったが幸せ」は、全然充実感が違ってくる。前者はもろいが、後者は打たれ強い。こんな日が来ると信じられなかった日々も長かったが、『信じる者は救われる』の道理なのだろうか?奇跡はマジで起こるのである。
この幸せの思いは私を応援してくれる全ての人と分かち合いたい。そして両親が元気なうちにこの心境に辿り着いた事の意義は、とても大きいものがある。私はつくづく幸せ者だと思う。この瞬間に於いて過去のなんだかんだは、殆んど「吹き飛んで」しまっている。私は『夢の領域』にいよいよ踏み込んだのだ。
厳しい時期には夢に見る事すら出来ない「桃源郷」。暗闇の中を這いずりまわって、人から白眼視され続けて、もうこれ以上失うもの等無い、と思う程失って‥それでも世界は人間を見捨てない!そう今は確信出来ている。生きてて良かったって、心の底から感謝している。世界を怨んでばかりいた私を、世界はこうして生かし続けてくれ、幸せすら与えてくれているのだ。もう言葉が無い。その『偉大さ・寛容さ』にひれ伏す心境である。
誕生日‥私は産まれて来て本当に良かった。38回目の正直、である。自分の力なんかじゃ絶対無い。世界、ひいては全人類の善意の上にこの喜びがある事を思うとき、自ずと私が今後取るべき行動が浮かび上がって来る気がする。それはあくまで「自発的な」1人間としての素直な動向であり、同時に世界に感謝を表す動向である。
そして‥19歳で夭折したFの2倍も生かされた事にもなったのでもあった。あの世の彼に恥じない生き方をしていこうと思う。この誕生日、本当に有り難う!

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考え過ぎて寝る‥

私は今、極力他人との「比較」を、何の分野にせよしない様に努めている。それが自分の「楽・解放」に繋がると思っているからだ。それはそれで功を奏している様に感じる。
では私が何でこの様な「複雑難解な経緯」を37年間辿ったのか、その答えは?という事になると話は別になる。これは「比較」ではない。生き様の問題だ。
たまに、無性に悔しくなったり、寂しくなったり、悲しくなったり今でもする。人と人の言葉の限界を感じる瞬間も少しある。
正直言って「経験による手応え」をまだ余り実感出来ていない。37年間、何かしていたのだけ確かだ。それにしては人生、もっと言えば人間という存在に対する問題提起が、切実に「過多であった」感が否めない。要は不必要に苦労したんじゃ無いかって考えてしまうのだ。
皆と同じ、とか言うライン引きは「比較」だ。ただ、傾向別に考える事は必ずしも「比較」では無いと思う。何言ってんのか病気っぽいけど‥急に他人と「一体感」を持てなくなる事がある。異常に孤立した気分になってしまう。何か世界からの「疎外感」を感じる。
でも‥愚痴ばっかいってんのは疲れてんだよ!!早く眠れよ!!って「自分自身」が呆れているご様子だ。寝れば精神が回復する確信は、絶対的に強いモノに育ち上がっている現在、これ以上の醜態は見せない方が良いって事かな!?
しかし、最後にぐうの音を一言。『青春を返せ!精神病の馬鹿野郎~!!』。寝るか。

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