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鉄格子の中から

中学3年の時、私自身が精神病を発症し、35歳になる現在に至るまでの色々な闘病体験などを、拙い文章ですが綴らせて戴きます、どうぞ宜しく。

丘の上から

精神の本当の意味での『平安』。
その形には人それぞれ様々な状況があるだろう‥。
私の場合の「それ」は、16歳から37歳の現在に至るまでの「闘病生活」を抜きにしては語れない。
今となっては少し忘れかけてさえいるが、私程度だが『精神の修羅場』であった事は間違いない。
その体験が私の精神を、長い事本当に狭い世界に封印していた。
しかし、平安を得る為には、今想うにその体験はそれに必要な「プロセス」であった。
その最中にいた時には、今の「丘の上から見る」様な展望は微塵も無く、絶望感と虚無感と劣等感の塊であった。
「何故私だけこんなに苦しまなくてはならないんだ!!」こう憤った事は100度や200度ではない。
でも、頑張って生きてさえいれば報われる事が、最近納得出来てきた。
私が何かをした、という事は実は殆んど無く、人智を遥かに超越した何とも形容し難い「何か」に、救ってもらったとしか言い様がない。
自分などでは到底及びもつかないそんな「何か」は、病の最中も遠く彼方に『光』として、何時も見えていた様な気はするのだが、だからこそ苦しかったりもする。
夜明け前が一番苦しいと思うから、朝を迎えた私は「何か」に対する感謝とともに、いま暗闇で頑張っている全ての人々に、『必ず朝は訪れる!』というメッセージをわが身を通して訴えたい。
地球上で何かを苦しんでいる人々に「同じ道を歩む者」としてそれを誠意を込めて伝えたい。

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大変身『感謝マン』!

生きている事が掛け値無しに嬉しくて、この喜びを誰かに伝えたくて仕方が無くて!
こんな心境になれるなんて‥発病当初からしたら「天地がひっくり返っても」まず信じられなかったろう。
今、胸中に湧いて来るのは『感謝』『感謝』の大合唱。
当たり前の事が、実は当たり前では無い事実を「病」に教えてもらった。
言葉にするのが難しい程の、魂的感慨を抱いて現在を「生かして」もらってる幸せ。
人生のレールから外れた、とばかり思ってひがんで自己卑下に暮れていたのに、実はレールから外れる事なんて死ぬまで無いって教えてくれた、市井の人々。
自分だけが苦しい、自分だけが辛い、そんな「小世界」に浸りきっていた私を、自分で気付くまで温かく見守り続けてくれた周囲の人々。
今が幸せになれば、過去の辛い事全ては『人生経験』に変貌する。
両親・兄弟・親戚・親友・知人・他人‥それらの人達全てに支えられて、今のこの自分があり、それらの人達との出会いのどれか一つでも欠けていれば、幸せのパズルは完成していない事を思うとき、何か人間のそれを遥かに超えた『偉大なる存在』にやはり「感謝」の念が湧くのである。
失敗ばっかり、挫折ばっかり、悲しみばっかり、別ればっかり、偏見ばっかり‥でも『幸せな自分』になりたくて、それらは存在したのだと1度でも納得すれば、全ての負の要因は綺麗サッパリ霧散する。
だからといって私は別に「特別な人間」では無い事を分かって欲しい。
人間の存在価値に「上」も「下」も無い。
今現在精神的に苦しんでいる人に、声を大にして伝えたい!自信満々で伝えたい!「生きてるうちにゴールに必ず辿り着ける」と。
大切なのは漠然とでも良いから「自分の好転した姿」を常にイメージし続ける事。
そして‥死ぬまで諦めない事!

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