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鉄格子の中から

中学3年の時、私自身が精神病を発症し、35歳になる現在に至るまでの色々な闘病体験などを、拙い文章ですが綴らせて戴きます、どうぞ宜しく。

信長の野望

いま私が生きてて、父と母が健康にしていて、弟や妹も色々抱えながらだが頑張っている‥。
しかし悲しいかな誰かが言うまでも無く、産まれて来たからには人間皆何時か病にかかったり、天災・人災に巡りあわせたりして、死ぬ。
私は発病した後、その事に思い至る事が絶望的入院生活の体験上、とても多い。
この今、という時は二度と巡っては来ないし、明日自分がどんな事になっているか見当もつかないっていう不安が、どの人のどの人生にも付きまとって離れない。
更には人生いっぺん立ち止まらないと、その事にさえ気付かずに生きてしまう。
そして「何故私でなく、貴方が?」と考えてしまう、身近な人の死等があった時‥。
だから私は漠然とだが、死後の世界の存在を信じている。
信じなければやってこれなかったから、というのが理由である。
そして人間の儚さを痛感した時に、生きているのではなくて生かされていると感じたし、この上ない『感謝』が湧いてきて、産まれて来れた喜びを感じて今は生きている。
また、命に限りがあるから「後押し」してもらえる様な気がする。
そこには猶予の感覚なんか無いからね。
永遠に肉体が生き続ければ、精神が死んでしまう。
人間50年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり。
今に最善を尽くして生きて行こう。

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自分なりに‥

苦痛・苦難は『恩恵』。
今となっては「こうしか生きられなかった、後悔だらけの人生」から「良くぞこんな人生を経験させてくれました、有り難う!」に自然とシフトしつつある。
そもそも人類全員が、それぞれオンリーワンの個性的な人生を歩んでいる。
そして自分の事は良くも悪くも自分でしか、最終的には変えられない人間という存在。
私はようやく過去の難題を難題と捉えずに、「恩恵」と思える様に成ろうとしている。
今のこの心境に至れるなら、どんな苦難も耐えられると、今だからこそ思えるが、さ中の時にそれは殆んど見えない、というよりこの形が解決の最終段階などとすら思えない。
良い意味で「後のまつり」だね。
苦難に出会っても、人は「外」に原因や答えを探し続ける、かく言う私もずっとそうだった。
でも今は心の内側に解決策を探してる、っていうかいくら外目をつくろってみても、心が平安でなければ本当の幸せは、決して手にする事が出来ない事が分かってきだした。
急激に私は最悪に近い状況に落ちたが、その分の反動が物凄いスピードで今の位置にまで押し戻してくれた。
基本的に私は我慢と内省と実践をして来たが、それは果たして自分の力だったのかどうか!?
多分『目には見えない大きな力』が、全てを仕組んでくれた様である。
私の心を根底から喜ばし、かつ大きく成長させてくれるために‥。
少しでもみんなの役に立てる人間になりたいと、この人生の一部始終の感謝を期に心から願う。

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治った!?

先ばっかり気にして、過去にばかり囚われて、今が感じられなかった私。
人間、昔の苦しみを忘れがち。
思い返そうとしなければ、現在に感謝出来ない。
出会ったそれこそ『全ての人』の尽力の上に、今の私の全てがある。
どの人が欠けていても、今の自分は存在せず、それは昔は「大嫌いな奴」達も含めての話。
この仕組み、最早人間技を超越している‥大きな何かに形造られているとしか言い様が無い。

あれっ、俺治ったんだ!こう思えるという事は‥‥‥。

今の生活に「日常的」な苦労はあっても、「狂気沙汰」な苦労は殆んど無い。
「○億円払ったっていいぞ!!それで治るんだったらな!!」と唯一自分を出せる母に暴言を浴びせ続けた日々。
その母と今では笑って話している。
決して偉人ではない私だけれど、これだけはハッキリ言える、「この世に絶望は無い」と。
私はまだ途上の人間。登りきる事の無い山を登り続ける、「市井の1人間」である。
でも、過去をずっと悔やんでいたけれど‥最近今までの人生、これで全て良かった様な気がする。
そしてこの気持ち、今修羅場にいる仲間たちに、『是非届け!!』。

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