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鉄格子の中から

中学3年の時、私自身が精神病を発症し、35歳になる現在に至るまでの色々な闘病体験などを、拙い文章ですが綴らせて戴きます、どうぞ宜しく。

お買い物小僧

私は食料品の買い物が大好きだ。近所のスーパーの4~5店舗は、店の中の品物の売り場の位置を、ほぼ完全に把握している。それにA店は何曜日何が安く、B店は刺身は高いが、煮魚が安い‥等とそっちの方もかなりのものである(自画自賛!?)。
この趣味は病気になる前から持っていたもので、小学生の頃からよく近所のスーパーへお使いに、母から渡された買い物メモを引っさげて行っていた。ただ、この頃は家に金銭的ゆとりが無い事を薄々知っていたので、いわゆる『賞味期限ギリギリの特売品』に狙いを定めて買っていた。あんまりギリギリ過ぎて、母に注意された事も間々あったが‥。
何故買い物が好きか?理由は簡単である。食べる事が大好きなのである!家の食事を残した記憶が殆んど無いし、これと言って嫌いな食べ物が無いのだ。(お蔭で栄養を「摂りすぎて」通風になったりはしたが。)
特に好きなのは、俗に言われる『男の料理』的なダイナミックな料理、それにイタリア料理、酒の肴になる様な干し肉等の類である。また、意地汚くキムチをこそっと一人で食べているところを母に発見され、開き直って自分用のキムチを買いに行き、丸ごと一瓶食べたら何が入ってたのか珍しく「当たって」しまい、発熱して夜間病院に行った事もある。が、とにかくそれでも買い物が大好きである。
同じ商品が店ごとに違う値段だったりすると、戻ってでも安い方を買う。こんな1円を大切にする男が、信じ難い事にパチンコ屋では「野口さん」を「分殺」するのだから、自分でも訳が分からん。
でもこんな風にのんびりした出来事も、このブログに書ける様になれたな!なんか知らんが嬉しいぞー、凄く。買い物だけに留まらず、今度自分で料理を作ってみたりしてみようかな?親孝行にもなるし。

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生と死

病気の方は良い意味で小康状態。最近は何年振りかに常用薬が減ったりもして、悪くはない。なんか寂しい時も多いが、それはこの手の病気の常。現状を容認していく覚悟ぐらい必要だろ!もう病気と「心中」する程の気概を見せろっつーの!等など、空元気なら次々と湧いてくる。でも、生きる現場ではこれとは大幅に異なった「不安・弱気な自分」が頭をもたげてくる。
過去は一切見たくない‥けれど何かの弾みで思い出してしまう。その度に顔が醜く歪む。偉そうな事をいくら言ってみたところで、現実は厳しくのしかかって来る。カンテラの淡い光が私の将来を、辛うじて照らしている。ポリシーとして『自分で死ぬ』は選択肢に無いから、例えボンヤリでも見えているその道を、私はこれからも生き抜いて行く、それしかしょうがない‥だってせっかくこの世に産まれて来れたのだから。
こんな時、彼らの事を思い出す。先祖の末期時の想い・無念、19歳で事故でこの世を去ったF君の「望郷」の叶わなかった願い、ここに並べる事が適当か分からないが、愛犬しげちよ君の最期の痛々しい姿。その否定しようの無い事実が揃いも揃って呼び掛けている事、それは「命ある限り、頑張って生きてくれ!」という、生きられている私への云わば『究極の励まし』であると思う。
私は浅はかな「一人間」だから、死後の事なんて分かりっこ無い。ただ、悲しいのも苦しいのも「ライブ」だから感じられる、ということは思っている。私の大好きだったバンド「ザ・ブルーハーツ」の甲本氏の歌詞に「産まれたからには生きてやるっ!」という一節があるが、この歌詞に私は大きく賛同している。カッコイイ!って心から思う。
これからも、愚痴を言いながらでも、過去を引きずりながらでも、生きる努力を重ねていく、それのみだ。

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命がけの願い

前にも書いたが、私が生まれた時点で、曾祖母が1人、祖父が2人、祖母が3人生きていた。その中で今回は父の養父の事に想いを馳せてみようと思う。通称が「佐賀のじいちゃん」だったのは、私が物心ついた時にじいちゃんは佐賀に、私たち一家は福岡に住んでいたことによる。
じいちゃんは父には大変厳しかったのだが、私が生まれた時、それはたいそう喜んでくれたそうだ。「K家に跡取りが出来た!」と言って。そんなじいちゃんは生真面目で厳格な一面と、ユーモラスさを合わせ持った人だった。
佐賀のじいちゃんは決して平坦な生い立ちを通って来た方ではなかった。太平洋戦争で南方戦線に通信兵として従軍し、兵役が終わっても再志願して日本のために戦い抜いた。乗っていた輸送船が撃沈されて、ふんどしいっちょで海に飛び込んで、からくも助かったという凄まじい体験もしている。
そして敗戦‥ばあちゃんは「じいちゃんは無神論者だから」とよく言っていたが、仕方が無いように思えてならない。青春のほぼ全てを、「神国日本」のために捧げたじいちゃん。その負けるはずの無い日本が負けたのだ。何を信じてこの後生きて行けば良いのか分からなくなったに違いない。
また、じいちゃんは「多病」の人でもあった。まず復員間もない時期に肺結核。鉄工所社長時代に脳溢血。最後の病は胃がんだった。しかし病に屈する様なじいちゃんではなかった。克己心の塊のような人だった。
じいちゃんが末期がんになって、もう自分の余命も風前のともし火の頃、私は精神病院に入院していたのだが、以前にも書いたが「○○ちゃんの病気も一緒に持って行ってあげたい!」と繰り返し言ってくれていたと聞いている。
「じいちゃん、有り難う‥俺もう大丈夫だよ」天に向かって祈る事しか出来ないが、きっと分かってくれていると思っている。

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