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鉄格子の中から

中学3年の時、私自身が精神病を発症し、35歳になる現在に至るまでの色々な闘病体験などを、拙い文章ですが綴らせて戴きます、どうぞ宜しく。

独り笑い②

頭の疲れは大変だ。自分の頭だからその状況から逃げる事が絶対出来ない。しかし人間には自然治癒力という有り難い恩恵が誰にも備わっている。周囲の状況も発病時からすれば幾分心休まるものとなり、脳がいらぬ心配をする回数が減り、夜ある程度安定した睡眠が取れる様になればかなり希望が見えてくる。脳機能が回復していくのである。
それに加えて薬による補助も馬鹿には出来ない。薬は上手に使ってこそ真の威力を発揮する。少々本題からずれるが、私が入院した平成元年から遡る事10年間位が、次々と新薬が開発された期間(それだけ患者が増えたという事)で、それ以前の患者はそれ程重症でなかったのに、適切な薬が無かったが為に、一般に言う『一生組』になる方がかなりおられた。彼らの事を思う度、今の自分は何と幸せなのだろうかと、心から感謝に堪えない。
だから、「独り笑い」の原因は主に脳の疲れである。脳の外壁がしっかりしている健常者にも、そういう軽い強迫観念は起こっているのだと思うが、自重出来るのである。
脳も健康第一、である。「独り笑い」に限らず脳の大暴走でどれだけ辛い思いを重ねて来たか分からない。しかし(この場合とは異なるが)、天才と呼ばれる類いの人も、この領域から出現しているのではないかと、自分の強迫観念をかみ締めながら思う時がある。浄水器付きの水道と普通の水道をを例に取って見ると分かり易い。塩素その他の物質を普通の水道はろ過しない。良いも悪いも全て出てくる訳である。その殆どが無駄な物だったとしても、という事である。

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独り笑い①

統合失調症の患者によく見られる『独り笑い』。何も面白い事の無いところで、しかも携帯などで誰かと話してる訳でもないのに笑っているのは、大変不可解かつ不気味な行為であり、頂けない。しかし私も多分、今でもそれをやっていると思う。ただ昔と違うとすれば、客観的に見て笑ってはいけない、ここで笑ったらおかしく思われる、という場所で「笑わない」事が、調節可能になったというだけである。
多くの人の白い目が、私をここまで器用にさせた。統合失調症と笑いの関係は、色んなパターンがあるから、今回は私の場合で説明する。
まず、発症した時に脳が身体と同じように、猛烈に疲労する。すると脳を守っていた外壁が、非常にもろくなる。で、情報が過剰に脳に出入りして、考える事を調節出来なくさえなってしまうのだ。考えたくない時でも、いつもいつも頭に何かが浮かんで来る。いわゆる所の「強迫観念」である。
これにより、頭は軸が微妙にずれてしかも猛スピードで回りだす。笑いに限らずこの病の患者に話が「飛ぶ」症状があるのも、この事による傾向がある。更にはこの強迫観念の暴走によって、尚の事脳は疲れるといった悪循環が起こり続ける。踏んだり蹴ったりだ。
「声が聞こえて来る」類いの人の状況は、経験が殆ど無いから分からない。私の例で言えば「心に強く残っている事」が、何かの弾みで無自覚に頭に出てきてしまい、それで周囲と関係無く、何の理由も無く、それが面白い事であるならば、噴出しそうになってしまうのだ。(続く)

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