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鉄格子の中から

中学3年の時、私自身が精神病を発症し、35歳になる現在に至るまでの色々な闘病体験などを、拙い文章ですが綴らせて戴きます、どうぞ宜しく。

私と弟、私と妹③

妹は幼少期に私の病の影響を既に受けている。それは辛かったろう、と思う。私が父から母を守りたかった様に、妹は私から母を守りたかったに違いない。小学生低学年の頃は家庭の不安定さから、登校拒否も経験している。私も決して悪くしようと思って生きてた訳じゃ無いのだが、結果的に多大な迷惑を妹には掛けてしまった。それなのに今は立派な社会人として自立して働いてくれている。感謝の一言に尽きる。
結局、3人ともお互いを思いやっていたのかな?私の病と関係無く、それぞれの生きる道として、3者3様頑張っていたって事なのかもしれない。
これから何年間兄弟としてこの2人に関わって行けるかは分からない。でも私は最善を尽くしたいと願っている。弟や妹が少しでも喜んでくれる事を、罪滅ぼしに地道にやって行きたいと思っている。そして家庭環境が整いつつある今、この2人と「絆の再結」を真剣に取り組んで行きたいと思っている。
縁あってこの世に生まれた3人兄弟、力を合わせずに何としようか!私も弟も妹も、それぞれ道は違えども、最後には笑って終われる人生にしたい、そう願わずにはおられない。
生きてる時間を大切に、失敗をより大きな成功に、この世に生まれ出た事に感謝しつつ、彼らと共に人生道を地道に歩んで行きたい、今はその一心である。弟よ妹よ、心の底から「ありがとう」(続く)

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私と弟、私と妹②

でも、兄弟仲は良かったと思う。弟がいてくれたお陰で、現代の流行に少なからず触れる事が出来たし、私の同級生の情報なども時々入って来ていた。患者仲間の話を聞いていると、兄弟も具合が悪いと言う人が多い中で、弟は本当に頑張ってくれたと、今更ながらに大変感謝している。彼は神奈川の大学に進学後、関東の企業に就職。そこで出会った女性と結婚し、両親に待望の「孫1号」をプレゼントしてくれた。私は自分があんまりにもきつかったから、弟の頑張りを最近まで余り考えた事が無かったが、弟は立派に努力していたのだ。あの状況下で本当に偉いと思う。
次は妹の話だが、彼女が産まれた時の事を今でもハッキリ私は覚えている。3月23日、桜が満開だった。父が仕事時間なのに帰って来ていて、二人で「産まれました!」の電話を取った時、父も私も飛び上がらんばかりに喜んだ。あの時の「表情のある」父の顔が、妙に印象に残った。考えてみたらそれが「今」の父の顔である。
何はともあれ、理由は分からないのに心底嬉しかった。小学2年生の私に姉妹が増えた。
彼女は自分の身内をこう言うのも何だが、とにかく可愛かった。ただ髪の毛が中々伸びなかった。何時までも産毛なもんだから、私がある時「鈴木首相」と言ったら母が苦笑していた。しかし、悲しいかな彼女も弟同様、私の病という「カトリーナ」を、しかも幼い時期から受ける事になってしまうのである。(続く)

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私と弟、私と妹①

私は前述したように、弟と妹と3人兄弟である。弟とは2歳しか離れておらず、逆に妹とは9歳も離れている。この様に考えた時、弟とはほぼ似通った家庭環境で育っており、反対に妹は私が正常だった時期を、余り一緒に長くは過ごせなかった。2人に対して兄らしい事はそんなにしてやれず、特に妹に関しては彼女の思春期と私の闘病期が重なってしまった為、大変に迷惑を掛けてしまった。そんなだったのに今、社会の第一線で頑張っている2人に、心から「お詫び」と「感謝」を遅ればせながら言わせて頂きたい。
私は父に似ている。幼い頃「あんな父にだけは似たくない!」と心底思っていたのが、気が付けば家庭をどん底に陥れるような言動をとる、父以上の凶暴性を兼ね備えていた。信じにくい事だが、虐待を受けた子供が、大人になり自分の子供を虐待してしまう悲劇と、少し共通点があるかもしれない。父に対しては以前書いた様に、今になってみれば感謝こそあれ、恨みなど全く無いのだが、ここでの問題は「私と弟妹」の関係についてである。
弟は私と同じような家庭環境で育っていながら、途中波乱は幾度もあったにせよ、「ラグビー」を心の支えとして、無事病になる事無く、逞しく育ってくれた。この事で分かる様に、同じ親の下で育とうと、必ずしも病気になる訳では無いようである。しかし彼的には、私の知らない様々な苦労を重ねていたのは事実であって、その構成要素に大きく私の病気が絡んでいた事も本当であった。
彼も私に負けず劣らず「エネルギー」の強い男だったから、彼が部活の事等で不機嫌に家に帰って来ると、闘病中の私が触発されて家庭内が嵐のようになってしまった事が幾度となくあった。正に「修羅場」であった。妹は幼かったから、何時も泣きながら母を守っていた。以前の弟と私の様に…。私はそれを見て、何か人間では推し量ることの出来ない「運命」っぽいものを感じていた。どうしようもなく、心の底から悲しかった。(続く)

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疲れた…と思う時

その感覚は不意に来る。何かしていてふっと我に返った時「疲れた…もういいだろ?」と誰に言うでもなく、自問する。思えば本当に長いこと、心がゆっくりしていないような、そんな気がする時がある。同時に、以前は無かった事なのだが、周囲を見渡して見ると、皆もそう見える時がある。人間みんな何時か死ぬ。それを考えたら本当にはこだわる必要の無いものに、あくせくこだわっている人間のはかなさが、浮き彫りになって見えてくる。何の為に生きているのか分かりもしないのに、自分を含めてみんな必死で何かを守ろうとしている様に感じる。手放してしまえば楽なのに、それがどうしても出来ない。じゃあどうすべきなのか?そんな大そうな答えは、当然私なんかには出す事が出来ない。
しかし先達に学ぶ事は出来るかも知れない。私はキリスト教徒ではない。が、以前苦しくて堪らなかった時、たまたま目にした言葉に「今この世を去る者が如く…」考えたり、しゃべったり、行動したりしなさい、というのがあった事を覚えている。やっぱり生きているのではなく、生かされているのだな、とその時の私なりに解釈したが、その様に人生に対して猶予感覚を持たずに「この一瞬」を生きられたら、自ずと何を大切に今しなければいけないのかが分かってきそうな気がした。もちろん私は、到底こんな心境にはなれない途上の人間だけど、努力はいくらでも出来る。私も「当面」頑張る事にする。
まとまりの無いブログになってしまったが、ご勘弁を。(続く)

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クリスマス近づく…

この手の病気を患ってしまうと、まず異性に出会う機会が大幅に減る。そして私もそうであったが、例え異性に出会っても、病気の酷いうちはお話にならない展開が待っていて、結局破談になるのが関の山。心にまた一つ傷が増えてしまう。非常に厳しい状況である事には違いない、が私は恋愛や結婚を諦めるつもりは全く無い。
「病気したから出来ませんでした」等と絶対言いたくないのである。最終的にもし無理であったとしてもだ。
何故こだわるかと言えば色々理由はあるが、「子育て」をしてみたい、というのがある。今まで自分の人生について病を通して考察を重ねてきた。それが果たして通用する代物なのかどうか、リスクは高いが試してみたいのである。間違いを繰り返すかも知れない。でもそれって本当は必然なんじゃ?なんて思ったりするかも分からない。とにかく「子育て」を体験してみたい。まずは相手が必要な事は重々分かってるけど…。
そしてこの時期、独りでは寂しいのも当然理由にある。天神なんかを歩いていると、アベックに大量に遭遇する。最初の内は羨ましくて仕方なかったけど、最近大分見慣れた、というか麻痺してしまった!?と言った方が良いかも知れない。
でも、こうなったら俺も男だ。気合入れて彼女さがすぞ!それが見つかるのが一体何時になるかは全く分からんが…諦めないって事が何より大事だからね。応援宜しくお願いします。(続く)

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きっついなぁ、早速…

この前のブログにカッコつけた事書いたんで、ばちが当たったのかな!?今日は久々に苦しい。閉塞感と孤独感、これは何時もの事なんだけど、人間関係もギクシャクしてて「いい加減にしろよ!」って言いたい。自分の今の悩みは、何処か掴み所の無い悩み、なんだよね。以前のように騒いで済む話じゃ無いし、人に聞いてもらう類のものでもない。一言で敢えて言うならば「曇天」て感じかな?鬱屈している状態なのだ。でも最後に頼れるのは自分。哀しいけど自分の思考ルーチンを、変えていくしかないんだな、きっと。
しかしこんな事がたまには起こって良いと思う。改めて「自分振り返りの時」を持たせて貰ってるのだから。忘れちゃうんだよねー、人間って。地獄のような日々でさえ、けろりとね。まっ、忘れられるから生きて行けるんだけど…時間は偉大なり!
毎日自分がちょっとずつでも良い方に変わっていければ、そんなに嬉しい事は無い。でもつい「明日があるさ」とマンネリ精神を繰り返してしまう。だから苦痛はその「マンネリ」に対する「警鐘」なのではなかろうか?
何にしても苦難はきつい。私の尊敬する高杉晋作の作詞した歌に「楽は嫌だよ 苦労がしたい 苦労し甲斐のあるように」…やっぱり晋作もきつかったんだな、とこの歌を聞いて何時も思う。(続く)

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漠然と前途不安…

取り敢えずここまでは何とかやって来れた。病気を通して「自分の心と身体の操縦法」も、多少なりとも上手くなったと思う。それはそれで良いのだけれど…問題は今後である。健常者と自分を捉えて生活して行かねばならないこれからが、大手を広げて待っている。D先生もよく「あなたの病気は必ず良くなる。しかし本当の問題はその後なんだよね。」と言われていたが、今その言葉の重さを痛感している。社会性の無さ、後遺症、知人の少なさ、楽しい体験の欠如、トラウマの暗い影等々、挙げればきりが無い。学歴・地位・名誉とは無縁な状態でもある。薬も飲み続けねばならないだろう。
でも、でもね、俺こんな風に本心では生きたかったんじゃねえの?って思ったりするんだ、強がりではなくマジで。ここまでならないと感じない「魂の響き」を感じたかったんじゃないのかって思う。きっと脱線したかったんだな、今考えてみると。ギリギリにならないと感じないであろう様々な思いを体験する事が出来たんだ。大局的に見れば儲けてさえいるのかも知れないし…。
とにかくこれからも、自己変革を苦難をかいざいにひたすら続けて行くのみ、なんだろうなきっと。でも前にも書いた様に、人類全員苦労の無い人なんていないって分かってるから、俺だけ宇宙人な訳じゃ無いんだし、皆に持ちつ持たれつ生きていく。他人から助けて頂く心を学んだ私には、むしろこれからが本当の人生なのかも知れない。とにかく「ビバ!私の人生」って感じかな?いつも皆に感謝しています。この人生、生かしてくれて有り難う、とね。(続く)

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あなたたちのお陰で!①

今の自分が存在出来るのは、私の人生に関わってくれた全ての人のお陰。まずこの世に私を生み出してくれた、父と母のお陰。両親とは色々あったけれど、辛い時期も長かったけれど、素晴らしい「今」という時ががある以上、本当に感謝している。ありがとう。
次は弟と妹。彼らには迷惑ばかりかけて来た。弟はもうパパであり、妹も一生懸命働いてくれている。この2人にも大変感謝している。ありがとう。
そして親族。叔父は別格だが他の親族達にもとてもお世話になった。父の養母は死ぬまで私の事を心配し、そして信用してくれた。父の養父も大変な人格者で、私は入院していて知らなかったのだが、「○○ちゃんの病気まで持っていってあげたい!」と、末期がんの闘病生活の中言ってくれたそうだ。本当にありがとう。
父方の祖母も大変心の温かな方で、私の事をどこで聞いたのか分からないが、いつも心配してくれていた。祖父は私が生まれる前に亡くなっていたのだが、優しい方だったそうである。母方の祖父だけが現在生きているが、亡くなった祖母には心配ばかりかけてしまった。それでも許してくれる、やはり優しい人だった。みんなありがとう。
1ページじゃ足りねえな。とにかくみんな、心から「ありがとう」。(続く)

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どこまでも変われる!

自己変革はいつでも出来る。雨が降ろうと風が吹こうと、自分の心の話だから、外部に左右される事は無い。最近特に自分の心を掴む大切さを思う。他人は変えられなくても、自分はドンドン変われる。自分が抱えていた「壁」を超えた時の嬉しさは堪らない!!誰にも邪魔させない自分だけの喜びである。そして「壁」は一つ超えると連鎖的に2~3個、同時に砕ける事が多い。自分の度量が大きく広がる=考え方の幅が広がるのである。自分の内心はその後外の世界へと影響を及ぼす事となる。こんな素晴らしい繰り返しを、人間はいつ何時いかなる状態であろうと、人間である限り続けて行くことが出来る。若かろうと年配であろうと、病気だろうと健康であろうと、差別無く何時でも取り組める。
しかし実は自分を自分がコントロール出来ると思えるようになったのは、全く最近の話であって、私は30数年間運命に翻弄され続けて来た様な気がする。運命が自分の手で変えられると思えるようになったのは、ごく最近の事である。でも構わない。今とっても幸せだから。過去がどうであろうと、今が肯定できれば全て良し、なのだと思う。どうせ死んだ時天に持って帰れるのは「魂」だけで、金や物はその「魂」を磨く為の「かいざい」なのだと思うから。
頂上の無い山を人間は死ぬまで登り続ける。この事実の孕んでいる天からの恩恵は計り知れないものがある。成長しても成長しても、まだまだ何時までも「壁」を壊す快感は無限に用意されている。事態を変えようとする前に、まず自分が変わる事。この事は大変重要な実践であり、ここに困難克服の鍵があるように思えててならない。そして現に「幸せになった」自分自身がここにいる!

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発狂しても…

自分の性格は本当に変わりにくい。私の中3の発狂の瞬間に賭けたものも、今考えてみれば「文句の言える自分、人に手を上げられる自分」にその「狂気」の力を借りてでもなりたかった、そんな気がする。それでも結局性格は変わらず、痛手だけが嫌というほど残ったのであった。前にも書いたがとんだ「一人相撲」をとってしまった事に、その後そして今もどれほど悔しく、歯がゆく、哀しい気持ちになったか分からない。
人を恨む事の恐ろしさを思う。世を呪う事の恐ろしさも思う。これらが蓄積して行くと、本当の世界に背を向ける事になってしまい、自分の範疇に世界を、そして価値観を作りあげてしまう悲劇が生じる。それはまさに私が犯した間違いであり、実感でもある。その結果自分本位な「事件」等に発展する事になるのである。
私も自分のその「捻じ曲がった」心を作り上げたが故に、それ相応の悪い結果を導き出してしまったと言える。誰のせいでもなく、災難の起こる根本はいつも自分の中にある様に思える。
でも私は性格をそんな思いをしてでも変えたくて、「真面目に」間違ってしまった。精神の狭さと未熟さ故ではあるが、思春期に多かれ少なかれこういう事は皆に起こると思う。こればっかりは自分も周りもどうする事も出来ないような気がする。しかしどのような理不尽さも、前に進む事によって振り払って行くしかない。この世は厳しいのである。いつもその覚悟を忘れなければ、きっと大丈夫だと思う。天は何時も味方なのだから。(続く)

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楽し過ぎた修学旅行

最後の学生生活となった中学3年生。でもこの年の修学旅行ほど、心の底から楽しかった事は無かった。心は滅茶苦茶な筈なのに、楽しんでいたのは表面人格だけでは無く、「僕自身」が楽しんだ三泊四日だった。どこにいても友達がいた。「○○君!」「○○君!」と呼ばれっぱなしだった。寝室でも皆が話し掛けてくれたし、私が内心殺め続けていた「不良」の人達まで声を掛けたりしてくれたのである。小6から続いていた慢性の下痢がこの4日間だけ治ったのも、本当に不思議な事だった。
南九州一周という1番安価なコースではあったが、行く先々で喜びが溢れていた。バスの中でもガイドさんが「あなたが今1番好きなアーティストは誰ですか?紙に書いてください。」と言われ、皆が「米○クラブ」とか「聖○魔Ⅱ」、最近話題の「TM○」等と答える中、音楽を殆ど聴いた事の無い私は「ゴダイ○」と答えた為、「ゴダイ○君」なんて呼ばれたり、長崎鼻という海岸で胸元まで水に浸かりながら突進したり、更には「露天風呂」!ここでは入浴をしない生徒の多い中、フル○ンでわざと隠さず転んで見せたり、担任と決して上品ではない「遊び」をしたり、「女子が入ってくるぞー!」という声に大慌てで退散したりしてたかと思ったら、私は生徒会にも入ってたので、夜は真面目くさって「見回り」なんかもしていたりと…本当に幸せだった。こののち半年とせず私は入院する事によって、皆と袂を別つ事になるのだが、思い出は綺麗に残っている。(続く)

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私の不機嫌…

大体一日生活を「普通にこなす」と私は脳やら身体やらが、やたら疲れる。そういうもんだろう、と思ってはいるが、薬飲んで早く寝れば良いものを、疲れてる自分のまま、本性が表に顔を出しているままでいたい自分がどこかにいる。昔の面影、とでも言おうか粗暴でわがままな自分でありたい、いや、本当の自分はこっちなんだよって、言いたいのかも知れない。キレイ事で人生決して終わらない。この汚らしい心の持ち主が俺様だ!!って叫びたい心は正直なところ、今でも多分にあるようだ。しかし…と敢えて今夜は否定しない。これも私の一面なのだから、偽善者ぶる必要も無いし。考えてみれば昔は自分が人格操作される様で、飲まなきゃいけない時に薬を飲もうとしなかった思い出が多々あって、その体験から「服用を嫌がる」患者さんの気持ちが分かる部分がある。服用すると何処か自分であって自分で無いような、「ロボ・トミー」とまでは流石にいかないが、何かそんな風になってしまう自分が悔しくて、腹立たしくて、悲しくて…。そして薬が効いてきて、今日も見事に「泣き寝入り」。毎日多かれ少なかれ、こういう思いを私もし続けてきた。これからも当分、下手したら一生飲み続けるこうした薬。ただ一つ言える事は、薬がもし無かったら今の私は存在しないという事。それに薬が一種類出来る為に、どれだけ多くの人の苦しみが必要だったかって事。
今夜も飲みますかねー、酒じゃないよ、薬をね。人間我慢が肝要だから…、しょうがなし。(続く)

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N君との再会②

今まではいつ会っても羨ましすぎて、妬みの対象にしかならなかったN君。でも今回は少し違っていた。彼も私もこれまでとは話す内容や表情が異なっていた。まず私が彼を羨む心が殆ど出なかった。今私は他人と比較する事を止めようと決心はしている。そうやって「出た」言葉が「N君も厳しかったんやね…」というこれまででは考えられない言葉だった。するとN君も「そうやね、大変やったね…」と口にしたのである。
国立大学を出たとか、一流企業に就職したとか、会社で重要ポストに就いたとか…。それでも人間は悩み苦しむのだと、初めて少し理解が出来た。またこの理解が進まないと、「真の友人」には誰ともなれないような気がした。自分は人生をもっと深めて行かなければならないなぁ、と今回のN君との出会いで痛切に感じた。自分が変われば相手も変わる、相手を変えようとしても変わるものでは無い。まさに「私変わります」でこれからも自己変革を進めて行かねばならない。
ま、そんな訳でN君と少し心が通い合い、嬉しい気持ちでお好み焼きを(彼のおごりだが…)一緒に食べながら、今までに無く話が弾んだのであった。まだまだお互い無限に変革の余地はあるわけで、会う度に向上した私でいられたら、どんなにか嬉しいだろう!?と思っている。人に対する共感力をびしばし鍛えて行きたい、人と出会う事によって。(続く)

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N君との再会①

小学校は別々だったけど、中学で同じ学校になり、部活も同じテニス部だったN君(ちなみに前述のMちゃんもこのテニス部で出会った)。中学時代の彼は「一風」変わった人だった。まず、よく聞いておかないと言葉を「省略」するので、何が言いたいのか分からない。いつも話している私でも、時々良く分からない事があった位だ。後で分かる事になるのだが、彼はいわゆる『坂本龍馬』タイプの人物で、この頃はそれ程目立った存在では無かった。しかし後の片鱗は私は感じていた。良く彼と部活をサボって、校則では出入りしてはいけないゲームセンターに行っていたのだが、そこでの彼のゲームの上手さは群を抜いていた。集中力が無茶苦茶高いのである。私もゲームは得意だったから、悔しい気持ちもあったが、彼は他の追随を許さないのだ。とにかく凄かった。
私は中3の1月に入院したが、私が学校に行っていた夏休み前頃までは、学業に於いて彼はそんなにパッとしなかった。ところがこの後、猛烈に順位が上がり、私が憧れ続けていた「N高」を受験するまでに成績が上がっていたのだ。しかし後でそれを聞いて、彼を良く知る私からすると、余り意外ではなかった。やっぱり彼は『龍馬』だったのである。
彼はK大学に見事入学を果たし、卒業後大手自動車メーカーに就職。私からしたら私の足りないものを殆ど全て持っている人だったのである。楽しかろう、苦労も全く無かろうと、限りなく羨ましく、そして病中は怒りの矛先にさえなっていた。
でもそんな彼の心が、大変苦しんでいた事を、この頃になってようやく少しだけ理解出来る様になったのである。(続く)

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